2025年3月30日
Final day with EOS 7D for 13 years taking over 100,000 shutters
ミラージュランドの思い出がEOS 7D最後の撮影になった。
13年間も使ってきたので、少しばかり思い出を振り返ってみよう。
2011年に買ったEOS 7D(無印)。いい物好きのYさんが持っていて、これなら間違いないと思って買った記憶がある。
【月食】驚愕!超広角レンズに書いた通り、一緒に買った超広角レンズEF-S 10-22mmの画角に驚いたものだ。
EOS 7Dの真価は広角にあらず、望遠レンズをつけた高速撮影にあることに気づいてから、どんどん愛着がわいてきた。
【Heathrow】望遠レンズ インプレで導入したSigma APO 50-500mm F4.5-6.3 DG OS HSMとEOS 7Dの組み合わせで、航空祭から運動会まで実に13年も戦ってきた。
【Duxford】性能差≒戦力差、【Farnborough】航空ショーの決勝戦
高速撮影のおかげ?でシャッター回数は10万回を越えた。それでも、衰えの知らない秒間8コマの連射は、タタタタと軽快なリズムを刻んでいる。
途中、レンズ沼にはまりかけ、何種類かの短焦点レンズに手を出した。
中でも【EF】単焦点レンズ1本目のEF 40mm F2.8 STMは素晴らしい撒き餌レンズだった。ロンドンのブラックキャブが浮いて見えるようなシャッタースピードで、エキシビションロードの街灯から光芒が出ているプレビューを観たときはたいそう驚いたものだ。

EOS 7Dは生産ライフ途中にソフトウェアの大型アップデートがあったのも魅力を維持した秘訣だったと思っている。
【Rename】ファイル命名など、かゆいところに手が届くアップデートがとても嬉しかった。

当時は街歩きも山登りもいつでもEOS 7Dを持ち歩いていたが、だんだんとスマートフォンのカメラ性能が上がってきたり、機動性を重視したりして、一眼レフカメラのEOS 7Dを持ち歩かなくなってきた。
そんなこんなで、だんだんとレンズ群を手放して、最近は50-500mmとEOS 7Dの組み合わせばかりで運用していた。用途は本格的に撮影する運動会やお遊戯会のように出番が限られたものなっていた。
【Sports day】いつもの7Dで7回目の運動会撮影
【Recital 2023】幼稚園最後のお遊戯会 機材はずっと7D + 50-500mm
そうは言っても遊園地に行くときなどは気合を入れて、
【Made in Japan】シグマ製レンズ3本目であるSIGMA 17-70 mm f2.8-4 DC Macro OS HSM Contemporaryをつけて運用していた。
だが、ミラージュランドの思い出がEOS 7D最後の撮影になった。
と、まぁここまでが振り返り。
運用13年、シャッター回数は10万回を越え、いろいろなゴムカバーが崩壊してもなお、EOSシリーズの堅牢性に守られて基本性能は維持していた。
だが、幕切れはあっけなかった。。。
ファインダーの中に虫が入ったのだ。
湧いたのか、入ったのか、断定はできないが、3~4匹同時に見えるということは、そう言うことなのだろう。この一件で、一気に撮影意欲が落ちてしまった。

交換レンズのロックがかからない不具合が出ていたので、ここから入ったと思いたい。
中で湧いたとは思いたくないものだ。
下面の端子には青さびが浮いている。
虫を見た後だと、見かたによっては青かびにも見えるけど、さびと信じたい。
ボディ下面もキズだらけ。
山登りだと三脚は持ち歩かず、岩でも構わず置いて撮影していたからなぁ。
液晶の下の塗装剝がれもひどい。
この位置は、洋服やベルト、ザックのバックルなどとあたったのではないだろうか。
端子のゴムカバーはとうに崩壊していた。
バッテリー部のゴムパーツも紛失して、いつでも水が入れる状態
アイカップも破れている
ホットシューも汚れと錆だらけ。
このくらいの手が届くところを綺麗にしない姿勢が、内部に虫を入れたのかもしれない。
反省。。。
こんな別れになって残念だが、我がEOS 7Dは13年もの間、ほんとうによく戦ってくれた。
シャッター回数は10万回を越え、大往生と言っていいだろう。
いい思い出をありがとう










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